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犬猫の皮膚病治療に力を入れているなんよう動物病院の院長の鈴木です。
普段の院長便りでは、皮膚病の解説を行っていますが、今回は耳の病気である外耳炎について、お話したいと思います。なんで皮膚科を得意とする獣医師が耳を診ているのか?それは、獣医療では皮膚科医が耳科も診察することが多いからなんです!人では耳鼻科という括りになっていますので、鼻と耳の病気は耳鼻科!という印象ですが、動物医療では違うんですね。
外耳炎は非常によく起こる病気ですから、なぜ治らないのか?なぜ再発を繰り返してしまうのか?そのポイントを解説しますので、ぜひ参考にしてみてください!
まず外耳炎の説明の前に「外耳」が何かを理解する必要があります。耳の構造は「外耳」「中耳」「内耳」に分けられます。外耳とは、耳の穴の入り口から鼓膜までを指し、この部分に炎症が起こっている状態を「外耳炎」と言います。特に飼い主様が耳の症状に気付かれる場合は外耳炎が関係していることがほとんどです。また、中耳や内耳といった鼓膜よりもさらに奥に異常がある場合には、斜頸や眼振、難聴といった神経症状を示すことがあります。
よくあるのが、「トリミングで耳が赤いから中耳炎があると言われた。」と来院される飼い主様がいらっしゃいますが、トリミングで鼓膜の奥まで見るわけがないので、この場合は外耳炎ということになりますね。
・耳のかゆみや痛みが出てくる(痛みが強いと、攻撃的になってしまう子もいます。)
・耳の色の変化(初期は赤くなり、慢性化すると黒くなってきます。)
・耳垢が増える(黒っぽい、膿が出ているなど)
・耳のにおいが臭くなった。
・頭を振ったり、床にこすりつけたりしている。
・音や声への反応が鈍くなる。
上記以外にも外耳炎が慢性的になってくると、耳の穴の周りが硬くなり、ガチガチになってしまうこともあります。
外耳炎の原因はかなり細かく分けられており、現在はP S P P分類という分類法が広く知られています。この分類法には主因、副因、持続因子、素因の4つがあります。外耳炎が治らない、再発を繰り返す場合には、この分類に沿って1つずつ原因を除去していく必要があります。
主因とは単独で外耳炎を発生させることができるものです。外耳炎を管理するためには主因をしっかり管理しないと再発を繰り返します。その結果、「治らない外耳炎」になっていくんですね。主因を考える上で大事なのは、治療をすることで主因を完治させられるのかという点です。感染症や異物であれば根治まで持っていくことができますが、アレルギー、角化異常症、内分泌失調、免疫介在性疾患などは根治が困難であったり、生涯にわたる治療が必要になることもあります。
・Primary causes(主因)に含まれる要因
感染症:ダニなどの寄生虫、皮膚糸状菌など
アレルギー:アトピー性皮膚炎、食物アレルギー、ノミアレルギー性皮膚炎など
角化異常症:脂漏症、脂腺炎、亜鉛やビタミンなどの微量元素欠乏症
分泌腺異常:耳垢腺と脂腺の過形成
異物:毛、砂、食物などの耳道内への侵入
内分泌失調:甲状腺機能低下症、副腎皮質機能亢進症、性ホルモン失調症
免疫介在性疾患:多形紅斑、血管炎など
ウイルス:エイズウイルス、白血病ウイルスなど
その他:猫の増殖性壊死性外耳炎など
赤字にしたアトピーやアレルギーは外耳炎の原因として最も多いと言われています。
副因とは外耳炎が起こった結果として、二次的に起こってくる変化です。副因の多くは、完全に除去することが可能です。副因の管理も外耳炎の治療をする上で必要ですが、主因が良好に管理されるようになれば、副因は簡単に除去できます。
・Secondary causes(副因)に含まれる要因
細菌:ブドウ球菌、緑膿菌などの増殖
真菌:マラセチアの増殖
治療の間違い:点耳薬に配合されている基剤による刺激、綿棒の使用、頻繁な洗浄液の注入など
耳道には「自浄作用」といって、耳道の奥にある耳垢や汚れを自然に外に排出する能力があります。外耳炎が起きることにより自浄作用が働かなくなると、耳の中の環境が悪化して細菌や真菌が増殖しやすい環境に変化していきます。
持続因子とは外耳炎が起こった後に発生する耳の構造変化のことです。外耳炎をより重症化させる要因となります。外耳炎の初期の持続因子としてはむくみ、耳垢の溜まりすぎ、上皮移動障害などがあります。これらは抗炎症薬の使用や洗浄を行うことで十分に管理が可能です。主因の管理が不十分で初期の持続因子が適切に管理されなかった場合は、外耳炎が慢性化します。慢性化した時に見られる持続因子は、耳道の狭窄、鼓膜の穿孔、周囲組織の石灰化などです。これらは単純な内科治療では管理が困難であることが多く、外科が必要になるケースもあります。
・Perpetuating factors(持続因子)に含まれる要因
耳道の変化:耳道のむくみ、狭窄など
耳道上皮の変化:耳垢の溜まりすぎ、上皮の移動障害
分泌腺の変化:分泌腺の閉塞もしく拡張、脂腺の過形成など
鼓膜の変化:鼓膜の肥厚、拡張、穿孔など
耳道周囲組織の変化:石灰化(耳道周囲が石のように硬くなります。)
中耳の変化:鼓膜の奥での炎症や耳垢が充満する
素因とは外耳炎が起こる前から存在し、外耳炎の発生リスクを高めるものです。素因の中には主因になりそうなものがいくつかありますが、素因単独で外耳炎が起こることはありません。よく「垂れ耳の犬だから外耳炎になると言われた」と聞きますが、「垂れ耳の子だから外耳炎にはなりやすいけど、他に直接的な原因があると考えましょう」が正解です。
日常的な診療の中でみる機会が多い素因は、耳の形態的な問題、湿った環境、他の治療の影響などがあります。
・Predisposing factors(素因)に要因
耳の形態的問題:耳毛が多い、耳介の内側の毛が多い、垂れ耳、耳道が細い
湿った環境:多湿、耳道内への水の侵入(水泳など)
閉塞性病変:ポリープ、腫瘍など
中耳:原発性中耳炎
全身性疾患:衰弱、免疫抑制状態など
他の治療の影響:抗生剤による細菌バランスの変化、過度な洗浄処置による耳の構造損傷
外耳炎になりやすい犬種には上記リストの主因にかかりやすい犬種が多く入っています。
アレルギーが多い犬種:柴犬、ラブラドールレトリバー、フレンチ・ブルドッグ
角化異常の多い犬種:シーズー、コッカー・スパニエル、ウェスト・ハイランド・ホワイト・テリア、ダックス・フンドなど
耳道の構造異常:パグ、フレンチ・ブルドッグ、チワワなど
耳毛が多い:トイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー
まずは耳道がどのような状態かをつかむことから始まります。当院では外耳炎になった際には必ず、「ビデオオトスコープ」という耳用内視鏡を用いて鼓膜の手前まで確認するようにしています。これを行う理由は、一般の動物病院で用いられている手持ちの耳鏡では鼓膜まで確認することはできないからです。そうすると鼓膜前に落ち込んでしまった異物は見逃すことになります。原因を除去せずに外から洗っているだけでは、すぐに再発してしまいますし、治らない状態になってしまいます。
耳垢が溜まっている場合は耳垢検査を行い、耳の中の細菌や真菌の状態を調べます。耳道内で細菌やマラセチアが増殖していた場合、これらを取り除くことで外耳炎が軽快する可能性があります。
特殊な検査として、炎症が耳道周囲組織まで波及していることが疑われる場合や中耳まで病変が拡大していることが疑われる場合には、C T検査をご提案しています。C T検査では鼓室の中や耳道壁の状態を確認し、より詳細に現状の把握が可能になります。
こうした検査の次に行うのは「洗浄」です。耳道の手前側だけに耳垢が溜まっている場合は、外からの洗浄だけでも十分に治癒に導くことが可能です。しかし、鼓膜手前まで耳垢が溜まってしまっている場合にはオトスコープを使用しての耳の洗浄処置が必要になります。
また、慢性外耳炎の場合は細菌が繁殖していることが多く、バイオフィルムというバリアを形成するタイプの菌がいます。この菌がいると単純に点耳薬を垂らしてもバリアで弾かれてしまい、細菌の本体まで抗生剤を届かせることができません。バイオフィルムは実際に目で見ることはできませんが、バイオフィルムを破壊できる耳洗浄液が販売されているため、そういった洗浄液を用いての徹底的な洗浄が治療には不可欠です。
実際に当院で治療を行ったわんちゃん(アメリカン・コッカー・スパニエル)の紹介です。この子の外耳炎となった要因は「脂漏症+ビタミンA反応性皮膚症」でした。
治療前の内視鏡動画
治療開始後、2ヶ月が経過した時の内視鏡動画
治療後の動画では奥に鼓膜が確認できるようになりました!
点耳薬はさまざまなものが販売されていますが、動物用のものはほとんどがステロイドと抗菌剤、抗真菌剤の合剤となっています。使いやすい反面、炎症しかない耳に動物用点耳薬を使用すると抗生剤の効果も発揮されてしまい、耐性菌の出現も懸念されます。当院では、ステロイドと抗生剤は別々にしてお渡しし、目的に合わせて使用していただくようにしています。
また、点耳薬の硬さにもポイントがあり、サラサラのものやドロッとしたゲル状のものもあります。耳の手前側に塗る場合はそこに留まって欲しいのでゲル状を使うと良いでしょう。しかし、ゲル状の点耳薬では鼓膜付近まで薬が届かないことも多いため、奥までしっかり浸透させたい場合にはローション状のサラサラした点耳薬を使用しましょう。
内服薬が力を発揮するのは耳に重度の炎症があり、耳道が狭窄している時です。狭窄するほどの外耳炎だと痛みを伴っていることも多く、耳の洗浄処置にはかなりの苦痛が生じます。
耳の洗浄をするためにはまず耳の穴が開いていないとアプローチすらできないため、重度の外耳炎があり耳道狭窄が見られる時には、まず飲み薬で耳の炎症と耳道の狭窄を解除するようにしています。また、外耳炎の原因である主因が内服薬で管理・治療ができるものの場合は、炎症を止めることと並行して、主因の治療を始める場合もあります。
ステロイド剤は炎症や痒みを抑え込むのに長けており、シクロスポリン製剤は耳道が腫れ上がってしまって構造の変化が重度な時に使用すると効果的です。
症状が出たばかりの軽度の外耳炎であれば、5〜10日間くらいの投薬で症状の改善がみられることがほとんどです。ただし、これはあくまで「外耳炎」を治療しただけであり、その根本にある主因を根治させたことにはなりませんので、ご注意ください。
慢性化した外耳炎を治していく場合は、数ヶ月単位での治療期間が必要になります。狭窄した耳道が開いてくるのに2〜4週間ほどかかります。そこからオトスコープを使用して耳道の洗浄を行い、鼓膜の穿孔が認められた場合は、しっかり洗浄して鼓膜の再生がされるまでに1ヶ月以上かかることもあります。
治療を行いきれいに治った後も、動物病院での耳の定期的なチェックをしてもらいましょう。その際に汚れが溜まっていれば、洗浄してもらうのも良いでしょう。
当院では、特にアレルギーが原因と考えられる外耳炎の症例に対して、プロアクティブ療法を推奨しています。プロアクティブ療法は外耳炎が治った後も週1回程度、点耳を続けることで外耳炎が悪化する前に炎症を抑え込んでしまう治療法です。これにより、重度の外耳炎が再発して、頻繁に通院を繰り返す症例はグッと少なくなりました。
今回は動物病院を受診する理由のトップ3に入るくらいよく見る病気、「外耳炎」の治らない原因や治療法について解説しました。外耳炎は原因によっては、皮膚病同様に長期のケアが必要になることも多い疾患です。一旦改善したらそれで終わりではなく、定期的に動物病院を受診し、耳のチェックを受けるようにしましょう。
なかなか治らない外耳炎がある場合は、耳用内視鏡を持っている病院を紹介してもらい、重症化する前に専門治療を受けてみることをおすすめいたします。